1878日目・・・モデルの繪(絵)・・・「モルデカイ」・・・「模留出掛意」・・・「漏出甲斐(皆)」・・・「盛るデカイ(食卓)」の「デカイ」・・・「大事をデカ(出来)した」は、「出化(でか・弟嘉=乙女=弟妹)した」だろう・・・「モルデカイ」、彼は「うまくやった」んだ・・・ペルシャの捕囚でありながら、「エステル(王妃・弟嘉=乙女=弟妹)」を利用するコトで虐殺を免れ、同胞を救い、逆に反勢力の人間達を「排除抹殺」したのである・・・「デカい」と「デカした」は関係するのサッ・・・先々代が戦場の現場で兵乱を納め、安定
「オンナの権力者」は「モノには弱い」が「権力そのものに執着」する。その理由もハッキリしている。最初は「権力者の庇護・溺愛・盲愛」、そして「妊娠、男児を産むコト、育てるコト」、産んだ男子が「身の安全」と「権力・権威」を保障してくれるハズだが・・・?・・・子供がアテにならないとみるや、「権力」そのものの掌握に動く。だが、それが「男社会」を変えるモノではない。「権力者」になった男にも、女にも、その権力行使には「男女」の区別、差別は無い。スベテの者に対する、「権力執行」と「生殺与奪」である。その本質は「暴力」である。
ラグビーは本当にチームとしての選手同士の激しい肉体のぶつかり合いである・・・考えてしまう・・・その烈しさがサッカーを超えていると思えるのは肉体の直接的な衝突であるが「殺傷暴力」ではない・・・足が速く、敏捷で、耐久力のある、お相撲さんがチームとしてボールを追っている・・・
「権力を握って、暴力を執行」させた「クレオパトラ七世」、「ゼノビア(Zenobia)・パルミラ王国の女王」、「則天武后」、「斉明-皇極天皇」、「持統天皇」・・・「北條政子」・・・メディチ家の「カトリーヌ・ド・メディシス」、ロシアの「エカテリーナ二世」、イギリスの「エリザベス一世」、「ヴィクトリア女王」・・・そして「サッチャー」・・・
「乙女」であった「孝謙天皇、重祚し称徳天皇(稱紱天皇・阿部皇女)は、多分、事情が異なるだろう。社会を仏教徒として「女としての立場」から考えたかった女性であろう・・・だが、その志は「藤原一族」に操られた(?)「和気清麻呂(汚麻呂)」にハメラレタのだ・・・裏切ったのは「和気清麻呂(汚麻呂)」、「和気広虫(清麻呂の姉)」である・・・女帝は「清麻呂」を因幡員外介に左遷し、さらに「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」と改名させ、大隅国へ配流し、「姉の広虫」も「別部広虫売(わけべのひろむしめ)」と改名させて処罰・・・だが、女帝の「護国仏教」とは?・・・そして、ナゼ「宇佐神宮」でなければならなかったのか?・・・持統天皇は頻繁に「龍田神社(龍田比古、龍田比女)=風神・秋(金=庚辛)の神」に参拝しているが・・・「神仏習合」、「本地垂迹説」は何時の時代のモノなのか?
女帝は「770年8月28日(神護景雲四年八月四日)」の死亡である・・・
一般社会での「家族の権力の根源はバァバァ」に集約されていく・・・「ジィジィの権威、権力」は年齢差とボケもあって、霞んでいくのが当然であるし、あってきた・・・
日本内閣に存在する女性議員の行動にも発言にもオドロクが、NHKの女性解説委員にも、オドロキである・・・それなりの苦労体験を「民族主義・愛国主義」にネジ曲げてチャーミング(?)に高言、広言、巧言するサクライ某女史、キム某女史には驚くに値しないが・・・「緒方貞子(元国連難民高等弁務官)」さんの現場での信念に支えられた「人間主義」と、「現実主義」には比べ物にならない・・・
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旧約聖書
エステル記・・・重素照(手留・弖留・氐留)記
重棲弟留記
以斯帖 記
第10章
10:1
アハシュエロス・・・蛙葉取重賂素
王
は
その国
および(及)・・・御呼び(求・究)
緒予備(伊豫・吉備)
於予尾(伊豫・尾張)
尾予備(尾張・伊豫・吉備)
嗚与竎→羊の鳴き声→メェ〜
海(うみ・カイ)・・・宇美
産み・生み・倦み
瀛
改
掛意
下位・甲斐・蝦夷
に
沿(そ・エン)った・・沿=氵(水)+八+口
反った
剃った
添った
副った
エン
縁(起)
媛(姫)
猿(猴)
袁(世凱)
燕(国)沿海州渤海国
円(姫)円大臣=都夫良意富美
園(藝-州)
宴(会-会稽)
塩(梅)和羹塩梅=大臣、宰相
「塩」を含む四字熟語全部
塩(州)西安州・・・赤穂
延(州)隋王朝の州
遠(州)遠江国・静岡浜松
奄(美)沖縄琉球
国々に
みつぎ(貢)・・・・・御調→音調
密議
視継(椄・通)義
を課した。
10:2
彼の
権力
と
勢力による
すべての事業、
および
王が
モルデカイ・・・模留出掛意
漏出甲斐(皆)
を
高い地位に
のぼらせた事の
詳しい話は
メデア・・・女出蛙・目出會(鴉)
と
ペルシャ・・・波斯・経留写
の
王たちの
日誌
の
書に
しるされている
ではないか。
10:3
ユダヤ・・・・猶太・猷太
諭拿哉・喩妥哉
瑜拿・・・賢瑜の拿(ひく・つかむ
ダ・ナ)→古事記
人
モルデカイ・・・模留出掛意
漏出甲斐(皆)
は
アハシュエロス・・・蛙葉取重賂素
王
に
次ぐ者・・・・告(つ・コク)ぐ
接(つ・セツ)ぐ
継(つ・ケイ)ぐ
注(つ・チュウ)ぐ
津具・・・會津・会津→相津→合通
もの=摸埜
シャ=写・舎・捨・遮・社・謝・煮
地口?
その手は桑名の山蛤
(そんなやり方に騙されない?)
・・・だが、ネッ・・・
桑名=扶桑(フソウ)=日本?
伏そう・臥そう
附そう・富双
又=日?
桑の葉は蚕の餌
扶=扌(手)+二+人
桑=又又又+十八
又=右手
ソウ・くわ
の =之(シ・これ)
=埜(二十八宿の分野
区分、区域
区分の範囲
ヤ・の・とお・なお
ぬ・ひろ)
=廼(ナイ・ダイ・ノ・アイ
すなわち・なんじ
とうとう)
=乃=刀+勹
山蛤=サンコウ
蛤=中+ム+合
となり、
ユダヤ・・・・猶太・猷太
諭拿哉・喩妥哉
瑜拿・・・賢瑜の拿(ひく・つかむ
ダ・ナ)→古事記
人
の中にあって
大いなる者となり、
その
多くの
兄弟に喜ばれた。
彼は
その民の
幸福を求め、
すべての国民に
平和を述べたからである。
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