1179日目・・・「たとしへなきもの」・・・比べようがない。たとえようがない・・・「たとしえ‐なし(譬へ無し)」・・・「比べるもの・比較するモノ」が無いとドウなるのか?・・・そもそも、ナゼ、「比べるモノ」が必要なのか?必要となったのか?・・・「譬(たとし)へ無し」・・・「譬」は「ヒ」・・・「たと・し・へ」は「たとえ・たとえる」なのか?・・・「たと+し+へ」は「たとへ」に強意の副助詞「し」が挿入された語?とは・・・イト、オカシ・・・兎に角「例え・喩え・譬え・仮令」→「比喩」=「譬喩」ですか・・・「方便」な

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 「妙法蓮華経二十八品」
   ↓
 「第三譬喩品(ヒユホン)」
   ↓
 「法華七喩(ホッケシユ)」
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 「法華経」の七つの譬え話」
   ↓
 法華七喩=七譬(シチヒ)・・・「漆(うるし)の喩え」?
   ↓
 三車火宅(サンシャカタク・譬喩品)
 長者窮子(チョウジャグウジ・信解品)
 三草二木(サンソウニモク・薬草喩品)
 化城宝処(ケイジョウホウショ・化城喩品)
 衣裏繋珠(エリケイシュウ・五百弟子受記品)
 髻中明珠(ケイチュウミョウシュ・安楽行品)
 良医病子(ロウイビョウシ・如来寿量品)

 譬喩品(ヒユホン)第三
 世尊は我等に、
 劣った乗物
 スナワチ
 小乗の法を説き
 我等は
 それを修行しているのではないか、と
 疑念があった。
 だが
 世尊は我等を
  阿耨 多羅三 藐  三 菩提
 (あのくたらさんみゃくさんぼだい)
  サンスクリット
  anuttara- samyak-sambodhiの音写
  無上正等覚(しょうとうかく)と訳す
  仏の悟りの智慧(ちえ)・平等円満
  阿耨多羅(anuttara)は無上
      あんたら→彼方(貴方・貴女)等
  三藐(samyak)は正しく完全なもの
  三菩提(sambodhi)は悟り
      纂模代
   耨=ドウ・ジョク・くわ・すく・くさぎる
     鍬(くわ)・鉏(すき)
   藐=バク・ビョウ・ボウ
     マク・ミョウ
     軽んじる・遠い
     亜(蛙)之句多等纂視訳纂模冊
          百済
 へ
 導く
 方便として、・・・方は便宜として
 我等に
 説かれたのだと
 判った。
 今は
 一切の・・・・・「一説・壱説・一節・壱節」之
 疑念は消え
 世尊の・・・・・ヨのミコトの・与(余)の見事
 この法を
 聞いて、
 本当の・・・・・「本にアテる埜(木木十一)
              (の・記紀足位置)」
 阿羅漢・・・・・阿は網の漢・亜は等く漢字
 (アラカン
 になった
 気がします・・・
 ・・・「気がします」って・・・ならば、未だ「ホトケのサトリの子」ではないだろう?
ーーーーー↓たとしえ‐なし(譬へ無し)
 枕草子
 (七二段)・・・七拾弐段・七十二段・漆足弐段
         7+2=9=九=玖
         7×2=14=十四==壱拾四=足肆

 たとしへ
 なきもの  
 夏と・・・・・解
 冬と。・・・・問う・唐・等・読・答
 夜と
 晝と。
 雨ふると
 日てると。
 若きと
 老いたると。
 人の
 笑ふと
 腹だつと。

 黒きと
 白きと。
 思ふと・・・・恋、愛
 憎むと。
 藍と
 黄蘖と。・・・黄蘖(きはだ・こわし・こうし
           コウゲツ・オウゲツ)
        で染めた紙
        黄麻紙(おうまし)
        ひろはノきはだ・しころ
        黄紙⇒黄麻紙(おうまし)
        コウシ(koushi)
        経巻を書くのに用いた、
        黄蘖(きはだ)で染めた紙。
        蘖(ひこばえ・ゲツ)
        樹木の切り株や
        根元から生えてくる若芽
        太い幹に対して、
        孫(ひこ)に見立てて
       「ひこばえ(孫生え)」
 雨と
 霧と。
 おなじ人
 ながらも・・・長柄模・乍(ながら)摸
        長等喪・名臥等
        長賀(長野・長州)等の藻(クス)
 志うせぬる、
 誠にあらぬ
 人
 とぞ
 覺ゆる
 かし。
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 ・・・おなじ人ながらも、志うせぬる、誠にあらぬ人とぞ、覺ゆるかし・・・同じ人物なのに、志を失ったとは、誠実では無い人なんだろう、と・・・思ってしまう・・・