417日目・・・今夜も「世界の書物」からの抜粋・・・この本の著者である紀田氏の書きだし・・・人間の地位・「ビーグル号航海記」(ダーウィン)・・・固有の種・・・ガラバゴス諸島はダーウィンの進化論に重要な暗示を与えた場所として名高い。十三の火山性大島と無数の小島からなり、特有の動植物が存在することで生物学の宝庫とされる。ガラパゴスはスペイン語の「亀」の意であるが、それはいうまでもなくこの地帯に棲息する巨大な陸産カメに由来する。

naie2008-01-31


 カメはその膀胱に生活に必要な水分を溜めておくことができる。従って、住民が渇きにたえかねると、この事情を利用して、殺したカメの膀胱から尿を飲む。「私の観たところでは、殺されたカメでは、液はまったく透明で、わずかに苦い味がしたばかりであった。しかし住民は常に先ず囲心腔の水を飲んでいる」
 「島々の間にある大洋の深淵と、また島々の起因が、明白な新しい(地質学的の意味で)火山性であることを思えば、島々が曽つて合一していたことがあったと考えるのは、極度に真実らしくない。このことは居住種の地理的分布に関して、おそらく特に何ものにも増して、最も重要な考察となるであろう」
 ・・・ここでダーウィンは”種の異変”と言う概念の入り口に立ったのだった。それまで長いこと真理とされていたこと===つまり、すべての種は完全なものとして創造されたものであり、いらい変わることなく今日に至ったものだという創世記の信仰に疑惑を抱いたのである。
 ・・・「人口論」からヒント・・・
 ・・・ダーウィンは船長と奴隷制問題で対立した。
 ・・・ダーウィンは「神に謝す、私はもう奴隷制度の国を訪れることはあるまい」と述べており、さらに西欧のキリスト教徒の偽善を鋭く告発している。本書が単なる生物学のレポートでないことを、私達は重視せねばならないだろう。
 1858年「ビーグル号航海記」、1859年「種の起源」・・・
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 ボクのコトバ・・・ある動植物が「高等」に「進化」してきたのかドウなのか、ボクには定かではない。「進化論」、生物進化と言うよりも単細胞生物が「複雑に多細胞変化」し、そのプロセス段階の生命活動の「形態的、機能的な位置を分類」して系統化した、と言うことだろう。
 「進化論」の「進化」と言う「コトバの漢訳文字」が日本人には誤解を与えているらしい。
 コトバとしての「進化」は何か、「高級なモノ」になっていくようなニュアンスがある。
 「退化」と言うコトバもあるが、生活環境によって「不必要になった」と言うニュアンスが強い。人間の「尾骶骨」は「尾っぽの退化」であるらしいが、機能的に不必要になったと言うことはある意味では「進化」であるだろう。
 進化←ある生物の生命機能→退化
 であって、「多細胞生物」の始原であった「単細胞生物の機能」はそれ以下には「退化」しないであろう。
 「進化論」では無く、「変化論」としたほうが理解されたのではないだろうか。「単細胞生物」に「退化」はないと思われるから・・・そして、「進化」ではなく、「種の異変」であった。