276日目・・・月曜日は「綾小路まり」さんの「新聞コラム」をよまなくちゃぁ・・・「名古屋嬢が言うわよ!」が編集されて「幸せはあなたの手の中に(綾小路まり著・中部経済新聞社・平成19年4月26日発行)」と言う一冊の本になって書店の店頭に並ぶ事になったらしい・・・実はボクも一冊、友人からコッソリプレゼントされて手にしたのだが・・・人生波乱な「名古屋嬢」って、なるほど、今現在の「ジパン」は「愛知(Philosophy)で、ナゴヤ(拿互哉・名護也)」の「旋風Z(from 亞 to 乙の女)」かも、だ・・・内容は

naie2007-05-08


 昨日のNHKの「クローズアップ現代」の・・・「9条を語れ 憲法は今」・・・「慶応大学の教授(?)」だったか「自衛軍」の必要性を主張していた時には「お呼び」が多かったらしいが、「愛国に異議あり」と言ったトタンに「お呼びでない」となったらしい。自分自身の「言動」が、かくも「権力者サイド」にいかに利用されていたのが、今更ながら気が付いたんだろうナッ・・・遅いって、「賛成反対を超えての論議の場」だって、ワラちゃうョなっ、「自衛隊」そのものの現状なし崩しの内容も「抗議」もせず、「自衛軍を講義」してんだから・・・「国家権力」は「愛国的命令服従の思想を持った自衛軍=徴兵自衛軍」が必要としてんのがワカランのかね・・・現在の「アメリカ国家」が「金で雇っている移民傭兵軍隊」なんかは必要としていないんだからな・・・「命を賭ける精神力が無い軍隊」は「地上占領戦」では負けるのさっ・・・ドイツ「ワイマール民主主義憲法の下」で「ヒトラー」がどのように「合法的選挙」によって「政権の座」に就いたのを知らんのかねッ。「武装しない民主主義」は「民主主義的に暴力」を許すのさ・・・戦前の「日本陸軍」が「統帥権」を楯に戦争オッパジメタってことも知っているんだか・・・「天皇機関説」にイチャモンつけて「軍部の提灯持ち」になった「学者(?)」とドコが違うのかネッ、「自衛軍」を言っている奴は、その「立場」をハッキリさせた方がイイ・・・「財界人」のアイツも「シーレーン防衛」だって・・・戦前の「日本帝国の生命線思想」とドコが違うんだか・・・「帝国日本の敗戦」・・・エネルギー、その他の資源が確保できないならば「国民生活レベルを下げてでも暴力的殺傷は避ける」と「覚悟」したんじゃないのか・・・「日本国憲法」はッ・・・そして、他国の戦争、紛争尻目に国内国民に公害を撒き散らしながら、国際的には「自国利権」の「商業国家・経済国家」を「所得倍増」とイイながら形成して来たのさ・・・「日本の資源確保産業界」はロシアへの石油プラント投資、イランへの石油プラント投資、もちろん、イラクへの石油プラント投資に於いては「莫大な損害」を被っているかも知れないが、「駆け引きが下手」だった、だけだ・・・「自衛軍」を派遣して「他国の地域に建設」されたソレを「まもる根拠」などはないし、マモレルはずが無い。物的な「損」をしてもイイから危険地域となれば「派遣社員」は「自己責任」に於いても、「企業責任」に於いても、「国家責任」に於いても「命を優先」に即刻退去である・・・戦争、敗戦で生き残った日本人は「自分自身の命があってのモノだねッ」ってことをガッチリ学んだハズだが、「他人の命を粗末にして生き残ってきた奴等」もガッチリ学んだし、その子供、孫達に「他人の命の使い方」を教え込んできた。今がチャンスだ・・・「愛国心」・・・大陸中国は「愛国無罪」だと「反日デモ」をやったんだから、同じレベルで「日本人」にも「愛国無罪」を植えつけるチャンス到来である・・・「クリントイーストウッド」監督の映画を「映画」だと思うなョ、なっ・・・「ダーティハリー」のコトじゃないからな・・・
 NHK番組のインタヴューに登場していた「フリター(?)」ってのは、かってのヒトラードイツ第三帝国の「突撃隊・ナチ突撃隊(SA)」と「同じ心情」・・・ナチスが「合法的」に権力獲得できたのは、一時400万人とも言われた「突撃隊」による「暴力」であった。彼等は急進的過激派で、ドイツの「第二革命」と、彼等自身が「国軍」になるコトを望んでいた。だが1934年6月30日、「突撃隊」の幹部、長官の「レーム」は「親衛隊(SS)」によって粛清・・・その「突撃隊(SA)」に参加していった若者の実体は第一次世界大戦でのドイツ敗戦直後の先の見えない「帰還兵、失業青年」であった。
 いわば、今現在の「日本フリター」とはムカシだったら産業構造に組織化されていない「ルンペンプロリアート」と言われる階層と同じである。そしてインタヴューでは彼等の日本的現状を「戦争」、「革命」で変えたい、と言うのが「心情的願望」であるそうだ。
 「フリーター」は「正規の国軍」に成れなかった「突撃隊予備軍」になる可能性はあるのか?・・・
 どんな「体制国家」であれ、「国家」であるかぎり、常に「強制的犠牲になる存在」を必要とする。そして「強制」でないならば、「気持ちの問題」である・・・「一億総中流階級」であるとの「幻想」がある限り「愛国」が無くても、「生活中流・権利公平」意識さえあれば、「他国の侵略」があれば「共同体防衛として自ら意識的に戦わざるを得ない」のだ・・・かってサラリーマンは「企業戦士」と言われ「戦死」したではないか・・・ダレのタメに?・・・もし、「敵国(?)」が「侵略」ともなれば、取り敢えずは初戦でミサイル攻撃でかなりの犠牲者を出すだろうが・・・今現在の「イラク人」や、かっての「南ヴェトナム人」、かっての「中国人」はナゼ「戦ったのか?」・・・「愛国のタメ」ではないコトはタシカである・・・「宗教のタメ」でもない・・・そして、「怨み」でもない・・・「家族生活の安定、生きて命の安堵を求めて戦わザルを得なかった」・・・
 「イラク派兵」の帰還自衛隊員の「自殺者」が「七名」との報道があったが・・・「理由」はナンだ?
 ・・・かっての自分自身の「焦燥感の実存的立場」をバネにして「理屈」で「自己存在の理不尽」さを捉え返し、デモの先頭に立った彼女「雨宮処凛」さんはエライぜ、「尾崎」をコエナクチャァ・・・