2137日目・・・空(そら・クウ)を見上げれば曇天、諳(そら)んじているのは「パイ(π・Π・パイ=3.1415・・・」で、「諷詠・諷誦(フウジュ)」はSMAP(Sports Music Assemble Peopleの頭文字)の「世界に一つの花」の鼻歌(鼻唄・花歌)・・・「assemble=collect,gather」が「disassemble」で「SMDP」ですか・・・「assemble=gather=召集」で、「together=一緒に」ではないところが問題だョ。それに「諷刺(irony・ァイロニ

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 諷=ひにく・フウ・諷刺・・・・・・・言の風
 颯=(サツ・ソウ)・さっそう=颯爽・・立ち風
 楓=かえで・槭・・・・・・・・・・・木の風
 飄=つむじ・飄飄・飄乎・飄然・・・・漂う風
 飆=ヒョウ・つむじかぜ・・・・・・・三匹の犬と風
 渢=うかぶ・フウ・ブ・ハン・・水面の風
 嵐=あらし・ラン・山あらし・・・・・山の風
 瘋=フウ・瘋癲・・・・・・・・・・・風の病で顛倒
 颿=はしる・ハン・ボン・ヘン・馬の疾風
 葻=ソウ・草原の風・・・・・・草磲
 颪=(おろし)・・・・・・・・・・・吹き下ろしの風
 颱=台風・・・・・・・・・・・・・・風の台(臺)
 颮=ヒョウ・つむじ風・・・・・包まれた風
 颭=そよぐ・セン・・・・・・・風の占い
 ↓↑
 諷詠=(フウエイ)
 諷誦=(フウジュ) =節をつけてとなえる
 諷意・諷諫=(フウカン)
 諷刺・諷喩=(フウユ)=遠回しに言う
           遠回しにさとすこと
比喩法の一
たとえだけを提示して、
その本義を
間接的に推察させる方法
 「燕雀(エンジャク)
  安(いずくん)ぞ・・・安(やすい・アン)=宀+女が
 ↓↑         ナゼ、
 ↓↑         詎(いずくん)ぞ、なんだか?
            なに・なんぞ?
            どうして?
            何(胡・詎・奚・曷・那)?
            なにヲカ〜・なんゾ〜
            いづレ〜・いづク〜
            なにを〜・どうして〜
            いつ・どこ・どの・どちら・どこに〜
           「安(烏・焉・悪・庸)〜」
            いづクンゾ・いづクニカ
            どうして〜・どこに〜
           「君、安クニンゾ
            與(二)項伯(一)有ル(レ)故。
           (君、安〈いづ〉くんぞ項伯と故有る」
           「今、蛇、安クニカ在ル。
           (今、蛇、安〈いづ〉くにか在る)
           「何爲(奚爲・胡爲)〜」
            なんスレゾ
            どうして〜・どういうわけで〜
           「何爲スレゾ
            斬(二)ルト壯士(一)ヲ。
           (何爲〈なん〉すれぞ
            壯士を斬ると)」
           「胡爲スレゾ、君、遠クニ行クヤ。
  ↓↑        (胡爲〈なん〉すれぞ
 ↓↑        君、遠くに行くや) 
  鴻鵠(コウコク)の
  志を知らんや」
  小人物に大人物の心はわからない
  さとらせる類
 「諷喩法」・・・ハッキリ云えばイイのに・・・ダレが見たコトもない「鴻鵠(コウコク)」、しかも「その志」などを知るコトが出来るんだか・・・「比喩」そのモノの意味が理解出来ない人間には無理・・・「比較」すべきは、先ずは形のあるモノの「上下・左右・大小・高低・長短・軽重・遅速・美醜・明暗・白黒」を示してからナニかを言えってサッ・・・なんと、「キリストの単純な比喩」を理解出来ない弟子達は複雑な「哲学」にしてしまった・・・「木(き・ぼく)=八十(やそ)」は「耶蘇(ヤソ)=基督(キリスト)」であるコトには理由があったからだ・・・「隠れ切支丹」・・・
 モチロン、
 「ピタゴラス」の漢字名が「比的額羅斯=龐太我剌私」なのには理由がある・・・「漢字分解の意味」である・・・
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 「幾何学(キカガク)」、
 「幾=幺+幺+戍(ト+戈=矛・鉾・鋒
             戛→一の目の戈は夏目?→夏至
=いくつ・いく・ほとんど・ちかし・キ
    比較的小さな数について問う語
    少しずつ・それとなく
    幾諫(キカン)・幾微(キビ)
    こいねがう・庶幾・幾重」
 で、異字体は
 「几・𢆻 =幺+幺+几」であるらしい・・・これって、
 「幺+幺+π(Π)」
 なのか?、ならば、
 「几(つくえ)=π(Π・パイ=3.1415・・・)」、
 この「机=几(つくえ)」が「π(Π)」ならば、
 「円卓で円形、円盤のテーブル」だろう・・・
 他の異字体は、視たコトないが・・・調べたら
 「𢆼(幺+幺+)
  𢇒(幾+ト+乙)
  𢇓(幾+乞→ノ一乙)」
 がある。最早これは
 「乞食→コジキ→古事記」の示唆の「諷喩」である・・・そして「何=なに?」のお勉強は「図形の数学」だが、「国語(日本語制漢字)のお勉強」そのもので、先ずは「国語(?)」のコトバが解らなければ、それまででアル・・・しかも、「国語」には「外来語」としての「漢字・呉字・唐字」とカタカナ文字がワンサカの混合文であるから「日本語」を自分自身のモノとするには厄介でもある。唯一、「漢字」が基本的には「象形、表意文字」である、と云うコトだが・・・コトバが理解出来なければそれまでぇ〜ッ・・・
 「円形」を理解するには円形の分解である。その分解基本は「三角形(拉典語・Latin=triangulum・独語= Dreieck・英語、仏語=triangle(古語)trigon) 」で、三角形は「同一直線上にない3点と、それらを結ぶ3つの線分からなる多角形の一・その3点を三角形の頂点、3つの線分を三角形の辺」という・・・困ったなぁ〜ッ・・・「国語」が出来なかったから、当然、「纂数」も「理科」も「英語」も・・・「日本語の国語(?)」が出来なければ、「日本人の英語教育偏重」での未来は無いかも・・・「明治の人びと」がドンナにか苦労して築いてきたのか「明治日本語」を・・・
 そして、「日本人知識人」の苦労と努力を理解していたのは安土桃山〜幕末、明治に日本にヤッテきた「ガイコクジン」だった・・・もちろん、卑弥呼の時代からの渡来人、帰化人達も・・・コトバの「△(三角)関係」を「象形」で知らなくちゃぁ、始まらない・・・
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  ↓↑
 「三角形を構成する3辺の長さを
   a、b、c
  とするとき
   a < b+c、b < a+c、c < a+b」、
 「三角形は内心(3つの内角の二等分線は 1 点で交わる
         3つの辺から等距離)、
      外心(3辺の垂直二等分線は1点で交わる
         3つの頂点から等距離であり、
         外心を中心として
         半径がその距離である円は
         3つの頂点を通る
         鈍角三角形の場合は外側にあり、
         直角三角形の場合は
         斜辺の中点上にある)、
      垂心(三角形の 3 つの頂点から
         各々の対辺に引いた垂線は 1 点で交わる)
      重心(三角形の頂点と
         その対辺の
         中点を結ぶ 3 つの線分は 1 点で交わる
         重心は中線を 2 : 1 の比で分割する)、
      傍心(三角形の 1 つの内角と
         他の 2 つの外角の
         二等分線は 1 点で交わる
         三角形に傍心は 3 つある
         傍心は 1 つの辺と 2 つの辺の
         延長線と等距離にあり、
         傍心を中心として
         半径がその距離である円を傍接円という
         三角形の 3 辺、
         およびその延長線上と
         等距離である点は、
         内心と傍心あわせて 4 点ある)
  をもつ」、
 「外心を O、
  重心を G、
  垂心を H
  とおくと、
  3 点 O, G, H は
  一直線上にあり、
  OG : GH = 1 : 2
  である」、
  ↓↑
 S=1/2(ah)
 s=1/2(a+b+c)
 S=√s(s-a)(s-b)(s-c)
 S=1/4(√(a+b+c)(-a+b+c)(a-b+c)(a+b-c))
  ↓↑
 A=a²、B=b²。C=c²
 S=1/4(√2(AB+BC+CA)-(A²+B²+C²)
  ↓↑
 S=1/2(ab-sinC)
  ↓↑
 正三角辺の長さの比…1:1:1
  ↓↑
 直角二等辺三角形
 直角をはさむ2辺の長さの比…1:1:√2
  ↓↑
 60°と30°の直角三角形
 いちばん長い辺は
 いちばん短い辺の2倍の長さ
 辺の長さの比…1:2:√3
  ↓↑
 3辺の比が簡単な整数となる
 直角三角形
 辺の長さの比…3:4:5
  ↓↑
 3辺の比が
 整数となる直角三角形
 辺の長さの比…5:12:13
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 ・・・それでも、計算結果が間違うのは・・・ソソッカシイからなのか・・・?・・・慎重さがない・・・「誤解答」なのは「呉の言葉」の「解答」の混乱からだろう・・・「卑弥呼」や、「聖徳太子・推古女帝」に訊いてみたい・・・中国大陸の使者は何処を起点に日本に渡来したのか・・・
 大日本帝国海軍の最大の海軍基地は「呉(くれ)」にあった・・・
 1167年(長寛二年)に日宋貿易
 平清盛が掘削開港、
 江戸時代は
 「音戸の瀬戸(おんどのせと、旧表記は隠戸ノ瀬戸)」と呼ばれていたらしい・・・「音戸=おんど=隠戸」である・・・
 1887年(明治二十年)11月起工・・・
 開港は1889年(明治二十二年)?、これは「呉鎮守府」としての年か・・・軍港はとしては1884年(明治十七年)とあったが?・・・ナンか「開港」としての年数がズレている?・・・
 兎に角、そこは世界最高の「軍艦製造の科学技術の場所」でもあった。そして、アメリカの猛襲にあって呉軍港は壊滅した・・・
 愚劣にも中型空母「阿蘇」は日本陸軍の爆弾実験の為に標的にされ、1945年(昭和20年)7月呉軍港に撃沈、沈没させられた・・・
 空母「阿蘇」の末路・・・熊本も啼いたであろう・・・
 「昭和の戦争指導者」と「明治の戦争指導者」との比較の優劣は云うまでもないが・・・戦争は愚かであるが、過去の「戦争の勝敗」は「軍事科学」ではなく、科学も含めた「用兵としての軍事戦略( military strategy )・戦術(military tactics)」であった・・・そして、現代の各国の国家的指導者の脳ミソは、お変わりない様である・・・「毛沢東の時代の戦略戦術」は「原水爆」で終わったのだ・・・「しつこい(ヒツコイ)集金兵」、なるほど「普京(あまねしのミヤコ)」だが、「蜉胡鴆or諷地武」がお似合い、それに「アマイ=阿毎」・・・生きている「人間の数」を如何するつもりか?・・・小さな領土争奪でどうするつもりか・・・なるほど「克林頓=柯林頓」が「伐柯(バッカ)の群集の頓馬」ですか・・・トランプは「過留多」だが・・・オリンピックは、もうすぐオワリだ・・・ゼウスも困っているカモ・・・