1932日目・・・昨日は「忠臣蔵」ですか・・・「1702年、元禄15年12月14日〜15日)」・・・「美化されたモノ」は「フィクション(fiction)」だが、ボクにとっては「美徳」とは到底、思えないが、12月16日(水曜)の午前1時30分・タイムスクープハンター.、「修羅場!決戦の妻たち(後妻打ち=うわなりうち)」には「人間の本質」の「ノンフィクション(nonfiction)」らしきモノを感じたが・・・「離縁から1か月以内に夫が再婚した場合は前妻が後妻に仇討ちするコトの慣習」、「離縁になった前妻 (こ

 「あら、あさましや、六条御息所(ろくでうのみやすどころ)ほどの御身にて、ウワナリの御振る舞ひ」・・・
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 「オバちゃんの不思議」
 ハレー彗星(1P/Halley・ハリー彗星)は、約76年周期で地球に接近し、公転周期は75.3年であるらしく、古くから文献に記録されている。「1986年」に回帰・・・この年にオフクロが倒れた・・・
 そして、「明治43年・1910年5月19日(欧米は18日)」に地球がハレー彗星の尾の中を通過している時がオバちゃんの誕生した年だった・・・
 オバちゃんは「癌」で入院したが、不思議にも突然の如く、付き添いで看病するオジちゃんに我儘を云いはじめたらしい・・・カーテンの開閉、食事、飲み水、あらゆるコトをオジちゃんがヤッテくれなければ気が済まないようで、そのオバちゃんに、亭主関白に見えたオジちゃんは黙々として、懇切丁寧、細々と「愛妻」の様態を労わっていた・・・オバちゃんの「癌の痛み」は激しかったらしく、痛さに耐えきれない呻り・・・だが、お医者の回診や、ナースを呼ぶと、その痛みを絶対に見せない、平気な表情で「何ともありません、大丈夫です」とコタエてしまうのであったらしい・・・身内には見せるが、他人には、その自分の「痛み」をみせない・・・「弱み」も見せないヒトだったが・・・元気な時は、みんなに親切で、旦那にも娘にも尽くし、末の妹であるオフクロ、甥であるボクの我儘は実子のように殆んど聞いてくれた・・・小学生の頃、ボクのつくったグループ仲間で裏山に山ブドウ採りりを兼ねた探検に行く時にはミンナの探検袋を縫ってくれ、揃えてくれたり、雑巾を縫ってくれたり、小さな一口煎餅(クラッカー)を造ってくれたり・・・
 オバちゃんは亡くなったが、ボクはオバちゃんの様態をオフクロの電話でその都度、聞かされ、そして、最期の死をきかされた・・・死に目には会えなかった・・・ボクは、その時、外国でナニをしていたんだか・・・
 オバちゃんがベットで苦しんでいる時に選挙があった・・・在宅投票では「アカ」の候補者への1票であった・・・あんなに、「おまえは、決してアカにだけはなるな」と云っていたのに・・・
 「美徳」とは何なんだか・・・ビトク(毘訳句)・・・「毘」は「へそ(臍・臍・綣)」だが・・・「毘沙門天」は上杉家、親戚筋は高家(こうけ)の「吉良上野之介」・・・人形浄瑠璃の「仮名(かな)手本忠臣蔵」・・・
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 1940年
 干支年=庚戌
 日本は「明治四十三年・皇紀2570年」
 中国の清王朝は「宣統元年11月20日〜宣統二年11月30日」
 朝鮮の大韓帝国は「隆熙四年1月1日〜8月29日」
 1910年の事件・・・は、何度も書き込んだか・・・