485日目・・・今日から「己未」の7月・・・「ダーゥイン」の「砂漠の中の湖に棲むオサかな」も「篤姫」の「徳川家族か、日本国家かのヒメの選択」も面白かった。「牡牛座の男」の妹(姉?)も言っていたよな、「兵隊のことよりも、アナタには私達の家族の先行きが掛っている」って・・・ヤスちゃんから「本」を貰ってブッシュが何か言っていたよなッ・・・「ムスメの父親なら許せない」って・・・実際は誘拐されているのは「自分の娘」ナンかじゃナイし・・・コロンビアでは「誘拐」されていた人々が「救出」されたらしいけれど・・・内戦状態

 なんか、「キリスト」は「信者」になるなら「家族」も「財産」も捨てなさい、って・・・そして「預言者には家族はイナイ」って、「ヒトの子」では無く「神の子」だから・・・多分、「みんなのキリスト」だから・・・それに「預言者は故郷では認められない」って、「愚痴」っていたらしい。故郷の近所の人々はキリストのガキのころのコトや、兄弟姉妹、それに、両親の「ヨセフ」と「マリア」のコト、家族事情を知っていたらしいから。「マリア」の最初の子供がキリストなら、兄と姉はマリアの子供ではないし。ヨセフは再婚でバツ一か・・・浮気モノだし、キリストが「故郷ではエラソウなコト」を言っても、あの「ハナタレ小憎」が、って、威厳が通用しなかったらしい。故郷に帰っても「錦の旗」も「預言者」じゃぁダメだった。「金持ち」とか「出世した軍人」ならば評価されたかも・・・
 多分、キリストは「社会改革者」であったのに違いないけれど、「新約」の記録には「奇蹟」は語られても、具体的な「社会改革のビジョン」が見えない。「アッラー」には「社会的貧民の救済」としての「具体性」はあった。
 
 ヒトは「社会的な権力」を握ると、「社会的な公共事業」か、「家族、一族郎党の繁栄」かで、悩むんだろうな・・・武士社会は「お家大事」だから「トップ」は「養子」でも全然かまわなかったらしいし・・・権力を預かった「養子の殿様のナヤミ」も大変だった。「私的」に生きようか、「公的」に生きようか、と。

 「教育委員会と教師」、教師の親が、教師になりたい子供の就職を「教育委員長」から「金」で買った・・・「家族の安泰、繁栄」がワイロを遣って「子供の就職採用」を有利にして貰った・・・ワルイコトなんだろうな、「公務員」の「贈収賄」・・・「私立」の「民間」ならば・・・イイんだろうな、贈り物を贈って便宜を図ってもらうだけだから。