2561日目・・・モノ凄かったねッ、朝の5時すぎまで・・・トンでもない未曾有の大雨土砂降りのニュ−スと、ロシアとクロアチアのボールの蹴り合いの「死闘」・・・災害での「死闘」で逃げ切れず落命・・・河川の氾濫、橋の崩壊、道路、陸橋などの崩壊、山崩れ、土砂崩れ、住宅地も田圃も滅茶苦茶・・・TVでインタヴューを受けている人びとの受け応えの言葉には深刻さがあるが、助かったと言う安堵からなのか「顔の表情」には深刻さはなく(?)、笑み(自嘲?)をうかべているようにみえた・・・災害後には怒りではなく、諦めの笑み(自嘲?

 「喜怒哀楽」は自分にも他人にも咄嗟に、間断なく、襲ってくる・・・これが日常生活である・・・そして、あまり意識することは無い・・・
 過去からも、別人なのに毎回、TVインタヴューを受けている人びとのコトバは同じような
 「こんな災害にあったのは初めてだ」・・・
 「喜怒哀楽」は個々人の経験は「人生での時間差」でしかない・・・
 それにしても「日本人社会の無差別殺人の洞察」・・・TVでの「フィフィ(Fifi)さん」の洞察は鋭い・・・いや、彼女自身の人生に於ける経験的自己反省を踏まえた「日本人論・国際人論・人間論」は鋭く、同時にアタリマエに思える・・・外国人は簡単には「アイ アム ソぉリィ」は言わない・・・だが、外国人(?)は「自己責任論」ではなく、「自己責任回避、責任軽減論」の「損得勘定論」のように思えるが・・・
 日本人も云うさ
 「ゆるさない、
  あやまれば、
  それで済むもんじゃぁないからなッ!」
 って・・・
 ・・・泣き寝入りをセザル得ない人間の「立場」って?・・・
 じゃぁ、どうすればイイんだか?・・・
 カネでの妥協か?・・・
 相手がカネで済ませるカネがあればこそだが・・・
 自分も相手も「人災保険(?)」に入っているって・・・?
 許す・赦す?
 恕す・・・思いやりの心で罪や過ちをゆるす
      罪や過失をとがめだてしない
      気持ちでの寛容、か?・・・
 ナンジのテキをアイせョ、ッ?・・・無理だろうナッ・・・
 じゃぁ
 目には目、歯に歯の復讐か?・・・
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 サッカー、ゲームでよかった・・・
 でも、サッカーの勝敗で殺人や戦争までも起こした・・・
 エルサルバドルホンジュラス
 1969年7月14日〜7月19日
 1969年6月22日
 の両国間の国際サッカー試合で対立激化し、戦争
 と
 コロンビア・メデジン出身のサッカー選手
 アンドレス・エスコバル・サルダリアガ
 (Andrés Escobar Saldarriaga)
 1967年3月13日〜1994年7月2日
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 1994年の FIFAワールドカップ・南米予選
 コロンビアVSアメリ
 でオウンゴールで敗退
 1994年7月2日の深夜3時半頃
 エスコバルは暗殺された
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 2018年
 ロシアワールドカップ
 ロシア(2-2(PK3-4))クロアチア
 7日、1-1、延長戦で2-2
 PK戦クロアチアが準決勝進出
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 ベスト4進出を決めたクロアチア
 11日の準決勝でイングランドと対戦
 ↓↑
 イングランド2—0スウェーデン
 イングランドが90年大会以来、28年ぶりの準決勝進出
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 朝、8時に起床・・・どうやら外はガンガンのおテントウ様の晴天・・・部屋に溜まったゴミをビニール袋に処理し、冷蔵庫の中で芽を出し始め、皺皺に萎び始めたジャガイモ(馬鈴薯)を庭に穴を掘って植えた・・・
 11:55
 ビートたけしのTVタックル
 スポーツ界に蔓延するパワハラ問題、
 モリカケ問題が解決しない安倍内閣
 奇妙な日本の謝罪会見、
 続発する無差別な殺傷事件
 気になる日本のニュースを
 外国人がぶった斬る
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 東国原英夫田嶋陽子千原せいじ
 カナダ:ジョナサン・ソーブル
 (元ニューヨークタイムズ東京特派員)
 ドイツ:マライ・メントライン
 (ドイツテレビ協会プロデューサー)
 中国:王曙光(拓殖大学教授)
 エジプト:フィフィ
 イタリア:パンツェッタ・ジローラモ
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 フィフィ(Fifi, 1976年2月22日)
 丙辰(乙・癸・戊)
 庚寅(己・丙・甲)
 乙巳(戊・庚・丙)
 寅卯=空亡
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 エジプト出身の
 女性外国人タレント
 カイロ出身
 国籍はエジプト
 中京大学卒業
 「日本語」ペラペラ・・・
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 イトカワリュウグウ小惑星エロス
 小惑星帯は「ジャガイモ」ばかりワンサカ・・・



 ↓↑
 17世紀、中国で、
 野生種(やせいしゅ)の一種の
 「アンデイゲナ」とよばれる植物のイモの形が
 馬の首につける鈴に似ていることから
 「馬鈴薯(バレイショ)」と名づけられた
 ジャガイモの原産
 南米アンデス山脈の高地
 16世紀にスペイン人によりヨーロッパにもたらされた
 運搬中の船内で芽が出たものを食べ
 毒にあたり
 「悪魔の植物」と呼ばれた
 日本に
 1600年頃、慶長年間
 オランダ船により
 ジャカルタ港から運ばれ
 「ジャカルタから来た芋(いも)」として
 「じゃがたらいも」
 「じゃがいも」と呼ばれるようになった・・・説
 日本では当時は観賞用として栽培
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 ジャガイモ・・・邪臥意漏?
 (馬鈴薯ばれいしょ・potato)・・・馬例書?・・・「馬」の著書
 中国では
 「土豆(トゥードウ)」
 「洋芋(ヤンユー)」
 「薯仔(シューザイ)」
 など
 日本行政では「馬鈴薯
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 potato
 タイノ族の言葉で
 サツマイモを意味する
 「batata」が
 スペイン語
 「patata」に変化
 ジャガイモの原産地で古言語の一つ
 ケチュア語では
 「papa」
 この単語は中南米スペイン語で使用
 スペイン語
 「batata」が「patata」に変化したのは
 この「papa」の影響・・・
 「Papa」はローマ教皇を意味する単語で
 これを忌避して
 「Patata」に変遷・・・
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 ジャガイモ(馬鈴薯・potato)
 ナス(茄子)科
 ナス(茄子)属・・・「為す・成す・奈須・那須・名素」?
 の多年草の植物
 デンプン(澱粉)が多い地下茎が芋
 「マレーの芋」
 「アップラ」「アンプラ」「カンプラ」
 オランダ語
 「aardappel(大地のリンゴ・林檎)」・・・倫伍・輪語・凜吾
 オランダ人が東洋貿易の根拠地
 ジャワ島の・・・・「邪倭・邪和・写話」の当
 ジャカトラから来た・・・邪臥虎(寅・禽)?
 「じゃがたらいも」
 「じゃがいも」・・・
 江戸時代の学者
 小野蘭山・・・小野 蘭山(おの らんざん)
        享保十四年八月二十一日(1729年9月13日)
        〜
        文化七年一月二十七日(1810年3月2日)
        大本草学者
        本姓は佐伯・・・弘法大師=佐伯眞魚(さえき まお)
        名は識博(もとひろ)
        通称は喜内
        字は以文
        号は蘭山、朽匏子
        門弟は
        杉田玄白、木村兼葭堂、飯沼慾斎、谷文晁、桜田欽斎
        水谷豊文、三谷公器、狩谷棭斎、吉田立仙
        山本盛備(大正年間の総理大臣山本権兵衛の養曽祖父)
        トガクシソウ
       (戸隠草、学名:Ranzania japonica)
        の属名は、蘭山に献名された
 が
 1808年
 「馬鈴薯をジャガイモ」にアテて記録した
 本は
 「耋莚小犢(テツエンショウトク・1807年)」
 中国の古書『松渓縣志』に記載されている
 馬鈴薯
 「文化五年(1808年)、八十歳
  『耋莚小犢』で紹介」
 耋 =おいる・としより・デチ・テツ
    老人・七十歳、八十歳の老人
 莚 =むしろ・筵・莚・蓆・席
    藺 (い) ・わらなどを編んで作った敷物
    菰(こも)・茣蓙(ござ)・わらむしろ
 小犢=小牛・子牛・仔牛
    犢(こうじ・トク)・牛の子
    犢牛岳(こっといだけ)・小犢牛(こもって)
    舐犢(シトク)=親牛が子牛を愛し
         舌でなめてやること(後漢書楊彪伝)
         「舐犢の愛」=親が子を溺愛すること
         犢鼻褌(ふんどし・褌)
 ↓↑
 中国で
 馬鈴薯と呼んだのは
 マレーから渡来したからではなく
 形が馬の首につける鈴に似ていたため・・・
 台湾で
 馬鈴薯(マーリンスウ−)と発音
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 天保の大飢饉
 ジャガイモで餓死を免れ
 「御助芋」が転じた語・・・
 ↓↑
 「きんかいも=金柑芋」・・・禿げ
 「にどいも(二度芋)」
 「さんどいも(三度芋)」
 1年に2回ないし3回収穫できることから
 ↓↑
 「南京イモ」
 「五升芋」「五斗芋」「ごしょいも」- 収穫量の多さから
 「さんとく(三得)」「じょうしゅういも(上州芋)」
 「カブタイモ」「ジャガタライモ」「サントク」
 「お助けイモ」
 ↓↑
 飢饉の際に
 ジャガイモ活用を勧めた代官の名
 「善太夫芋」
 1748年に信州より種芋を移入した
 飛騨の代官
 幸田善太夫に因む
 ↓↑
 「清太夫芋(せいだゆういも・せいだいも)
  18世紀にジャガイモの普及に尽力した
  甲州の代官
  中井清太夫に因む」
 「福島県や埼玉県、愛知県では
  ジャガイモを
  甲州いも
  と呼ぶこともある・・・
 「治助イモ」・・・東京都奥多摩町の特産
 「アイルランド
  ジャガイモ飢饉
  寒冷地にも強く
  年に複数回の栽培が可能で
  地中に作られることから
  鳥害にも影響されない
  ジャガイモが
  庶民の食料として爆発的に普及
 アダム・スミスは『国富論』で
 「小麦の三倍の生産量がある」と評価
 麦、米、トウモロコシに並ぶ
 「世界四大作物」となった
 ↓↑
 江戸時代後期の18世紀末
 ロシア人の影響で
 北海道・東北地方に移入され
 飢饉対策として栽培
 蘭学者
 高野長英
 ジャガイモ栽培を奨励
 江戸後期には
 甲斐国の・・・甲斐=かい・カイ=蝦夷=Χ・貝・回・海・解
 代官であった
 中井清太夫
 ジャガイモ栽培を奨励
 享和元年(1801年)
 小野蘭山が
 甲斐国
 黒平村(甲府市)で
 ジャガイモ栽培を記録
 (『甲駿豆相採薬記』)
 アイヌ人もジャガイモを栽培
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 本格導入
 明治維新後の北海道の開拓に利用
 ↓↑
 ジャガイモ
 ポテトグリコアルカロイド
  (Potato Glycoalkaloids=PGA)
 として総称される
 ソラニンやチャコニン
 (カコニン・α-chaconine)
 ソラマリン、コマソニン、デミツシン
 などの有毒なアルカロイド配糖体を含む
 特に皮層や芽、果実に多く含まれる
 食べる際には
 芽や
 緑色を帯びた皮は取り除かなければならない
 PGAは加熱による分解が少ない
 PGAなどの中毒症状は
 喫食後の30分から半日後までに
 頭痛・嘔吐・腹痛・疲労感などの症状・・・
ーーーーー
 ・・・???・・・