2536日目・・・「あかし=赤石・ルビー(ruby)・明石・灯・証・赤司」・・・「アか・アき・アく・アけ・アこ」・・・「あかじ=赤字・赤地(赤丹?)・赤児・朱地(朱丹)・朱路・・・朱鷺(とき・鴇・Nipponia nippon・ニッポニア・ニッポン)」・・・「赤=十+亦」・・・

 「赤貝(あかがい=蛙化甲斐?=鴉化蝦夷⇔赤蝦夷⇔赤蝦夷風説考(あかえぞふうせつこう)=江戸時代中期の医師・経世家である工藤平助が著したロシア研究書・赤蝦夷(セキカイ・あかえぞ)はロシア人を意味・仙台藩藩医であった工藤平助は、オランダ語通詞、吉雄耕牛、蘭学者前野良沢らと親交を持ち、北方海防を世に問うべく、本書を上梓・天明初年(1781年)ごろの刊行(上巻序文に天明三年癸卯正月日・上下二巻・天明三 (1783) 年、老中田沼意次に献上)・江戸期の海防貿易論・赤狄風説の事(上巻)・カムサスカ-ヲロシヤ私考之事、ヲロシヤの記事・一名ムスコヒヤ(下巻)・写本に『加摸西葛杜加(カムチャトカ)国風説考』・『魯西亜略説』」・・・
 「赤=赤毛露西亜(ロシア・魯西亜)人の意味」・・・
 「アカガイ(赤貝・蚶・𧏛・学名Anadara broughtonii
       Bloody clam)
  フネガイ目フネガイ科に属する二枚貝の一種
  内湾の潮間帯や浅海の砂泥底に浅く潜って生息
  殻には42本前後の放射肋がある
  他のフネガイ科の二枚貝と同様
  呼吸色素がヘモグロビンと同様に鉄
  ポルフィリンを補欠分子団とする
  エリトロクルオリンのため、
  血液が赤く、これが名前の由来・・・
  水深0から60mの砂泥底に棲息
  主な分布域は
  ピョートル大帝湾から黄海にかけての区域
  日本、朝鮮半島、中国、台湾、極東ロシア」・・・
 「『古事記』に、八十神に大火傷を負わされた
  大穴牟遅神大国主)を救うため
  母親の
   刺国若比売
  (サシクニワカヒメ)
          刺国大神の娘
          刺国若比売は
          天之冬衣神・・・冬衣=防寒着?
          の妻(配偶神)で
          大国主の母親
  が
  神産巣日(かみむすび)命
  に願い
  遣わされたのが
  𧏛貝比売と
  蛤貝比売
  彼を蘇生させた
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  蚶貝比売(キサカイヒメ)=アカガイ(赤貝)
  蛤貝比売(ウムキヒメ)=ハマグリ(蛤・文蛤)
  赤貝の殻の粉を
  蛤汁で溶いて
  火傷(やけど)に塗布し治療した」・・・
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 「アカガイと名のつく
  他の二枚貝=サツマアカガイ
 (薩摩)赤貝・Paphia amabilis (Philippi, 1847)
 (マルスダレガイ(円簾貝)科 (Veneridae)
  スダレガイ(簾貝)属)」・・・
 「足糸(ソクシ)を出して
  砂泥や岩などに自分の体を固定する
  アカガイも稚貝期には
  足糸(ソクシ・byssus)を出す
  水管はない」

 クラム (clam) は、英語で二枚貝を意味・・・眩む・暗む・句等夢?
 日本ではクラムチャウダーの材料
 マルスダレガイ科の
 主に
 ホンビノスガイ (hard clam) ?
 ・・・ 見た目の印象から「白ハマグリ・大アサリ
     という名前で売られてた
     「本美之主貝
        ・・・本の美、之、主の害(甲斐・害・蝦夷)?
      と表記し
      美之素とはこの貝が
      ヴィーナス属であることから『ビノス』」?

 日本では
 ハマグリ (common orient clam) 等も使われる・・・
 フネガイ目(ふねがいもく)
 学名 Arcida は
 軟体動物門二枚貝綱翼形亜綱に属する分類群
 二枚貝のなかでも起源の古い原始的なグループ
 オルドビス紀から存在している
 学名はフネガイ科のタイプ属 Arca に由来・・・
 元になった属名
 「Arca(アカ)」 は「箱」の意で
 「ノアの方舟(はこぶね)貝の殻形に由来」・・・?
 「閼伽(アカ)は、仏教で仏前などに供養される水で
  六種供養のひとつ
  サンスクリット語
  argha(アルガ)の音写
  功徳水(クドクスイ)と訳
  閼伽井から汲まれた水に香を入れ
  閼伽香水とも」・・・
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 「フネガイ(舟貝)科は・・・フ-ネガイ?
               付-願 い(希い・根害)
 「ark clam・ark shell」
 日本ではフネガイ科の
 アカガイ(赤貝)属(Anadara)の
 アカガイが有名
 旧来は
 シラスナガイ上科が・・・白砂貝
          ・・・しらす-ながい?
          ・・・知らす-長井(永井・長居)?
 存在するとされていたが
 近年では
 フネガイ上科に
 含むことができると考えられている」・・・?
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 赤貝=あかがい=赤甲斐・赤蝦夷・赤華夷・赤界・朱加衣?
 赤刈=赤害
 阿賀カイ?
 阿賀(あが)=新潟県の地名
        阿賀野川流域の上流〜中流の地域
 岡山県
 阿賀郡=過去に存在した岡山県の郡
 阿賀 (西伯郡南部町)
 鳥取県西伯郡南部町の地名
 阿賀 (呉市)=広島県呉市の汎称地名
        安芸阿賀駅
 英賀カイ?
 英賀(あが)=兵庫県姫路市飾磨区の地名
        飾磨区「英賀」
        飾磨区「英賀」清水町
 あかし
 明石=赤石=紅石=朱石
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 日本標準時子午線
 Japan Standard Time Meridian
 日本の標準時(中央標準時)の基準となる子午線
 明治十九年勅令第51号
 「本初子午線経度計算方及標準時ノ件
 (1886年)で定められた
 東経135度の経線
 経度135度では
 英国グリニッジ天文台を通る
 グリニッジ子午線(経度0度線)より
 9時間の時差
 東経135度は9時間進んでいる
 京都府京丹後市から
 明石海峡に面した兵庫県明石市
 淡路島北端の兵庫県淡路市を通り
 和歌山市沖ノ島西端(友ヶ島灯台近傍)
 をかすめて太平洋に至る
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 明石-日本標準時
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 明石 元二郎
 「日本の諜報 スクープ
  最高機密ファイル
  2018年5月19日(土) 午後9時00分〜9時49分・NHK」
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 陸軍中野学校
 諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する
 教育や訓練を目的とした
 大日本帝国陸軍軍学
 情報機関
 所在地は東京都中野区中野4丁目付近
 校名の中野は地名に由来
 偽装用の通称号は
 東部第33部隊
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 岩畔、秋草俊、福本亀治各中佐を中心とし
 1938年(昭和13年)3月
 「防諜研究所」として新設
 秋草 俊(あきくさ しゅん)
 1894年(明治27年)4月6日〜1949年(昭和24年)3月22日)
甲午(丙・ ・丁)⇔己丑(癸・辛・己)
戊辰(乙・癸・戊)⇔丁卯(甲・ ・乙)
戊寅(己・丙・甲)⇔辛亥(戊・甲・壬
  申酉=空亡
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 陸軍少将
 陸軍士官学校(26期)卒
 陸軍中野学校校長(初代)  
 同年7月より
 特種勤務要員(第一期学生19名)の教育開始
 1939年(昭和14年)5月
 「後方勤務要員養成所」に改編
 7月には第一期学生の卒業
 1940年(昭和15年
 「陸軍中野学校」と改名
 1941年(昭和16年
 参謀本部直轄の軍学校へ転身
 1945年(昭和20年)2月1日
 ハルピン特務機関長
 ソ連抑留ウラジミール監獄で死亡
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 錬成要領
 「外なる天業恢弘の範を
  明石大佐にとる」
 明石元二郎(大佐は日露戦争当時の階級)
 の報告書『革命のしをり』を基本教材とし
 神(アマテラス)の意志にもとづいて
 世界人類の平和を確立する
 諜報工作戦士を養成
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 明石 元二郎(あかし もとじろう)
 元治元年8月1日(1864年9月1日)
  〜
 大正8年(1919年)10月26日)
 甲子(壬・ ・癸)⇔己未(丁・乙・己)
 壬申(己・壬・庚)⇔甲戌(辛・丁・戊)
 己巳(戊・庚・丙)⇔辛亥(戊・甲・壬)
  戌亥=空亡
 陸軍軍人
 陸軍大将正三位勲一等功三級男爵
 第7代台湾総督
 福岡藩出身
 夫人は国子
 後妻は黒田信子(黒田一葦の娘)
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 福岡藩士・明石助九郎の次男
 福岡藩の大名町で誕生
 藩校-修猷館福岡県立修猷館高等学校)を経
 明治十六年(1883年)
 陸軍士官学校(旧陸士6期)を卒業
 明治二十二年(1889年)
 陸軍大学校(5期)を卒業
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 ドイツ留学、仏印出張、米西戦争のマニラ観戦武官を経
 明治34年(1901年)
 フランス公使館付陸軍武官
 明治35年(1902年)
 ロシア帝国公使館付陸軍武官に転任
 首都サンクトペテルブルク
 ロシア公使館に着任後
 日英同盟(1902年1月30日・1905年と1911年に改定)
 に基づいた情報協力により
 イギリス秘密情報部のスパイである
 シドニー・ライリーと接触
 明石の依頼により
 ライリーは
 明治36年1903年)から
 建築用木材の貿易商に偽装して
 戦略的要衝である旅順に移住し
 材木会社を開業
 ロシア軍司令部の信頼を得て
 ロシア軍の動向に関する情報や
 旅順要塞の図面などを
 イギリスおよび日本にもたらした
 1904年(明治37年)2月8日〜1905年(明治38年)9月5日)
 日露戦争
  ↓↑
 第一次世界大戦日英同盟
 日本は
 1914年(大正3)8月23日
 ドイツへ宣戦布告
 1917年(大正6)2月から
 駆逐艦巡洋艦からなる
 三つの特務艦隊を
 インド洋、地中海、南太平洋などに派遣
 788隻の連合国側の輸送船や病院船を護送
 兵員70万人を輸送
 Uボートと35回交戦
 駆逐艦「榊」が魚雷攻撃を受けて大破
 艦長ら59人が死亡
 Uボートの攻撃を受けた船から7千人以上を救出
 戦後はUボート7隻を戦利品として日本まで運んだ・・・
  ↓↑
 1904年(明治37年)2月8日〜1905年(明治38年)9月5日
 日露戦争
 開戦で
 中立国スウェーデンに移り
 そこを本拠として活動
 明石大佐は日露戦争中に
 当時の国家予算は
 2億3,000万円程であった中
 山縣有朋
 により
 参謀本部から当時の金額で
 100万円(今の価値では400億円以上)を
 工作資金として支給され
 ロシア革命支援工作を画策
  ↓↑
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 「…はカイ…」・・・日本が日露戦争の負債を返しきったのは昭和61年(1986年)・・・日露戦争時の借金を82年間かけて返済・・・
  1986年2月25日
 フィリピンのマルコス大統領が国外脱出
 アキノ大統領が就任(エドサ革命)
 3月5日
 青函トンネルの本州と北海道が結合
 3月16日
 スイスが国民投票国際連合加盟を否決
 4月15日
 アメリカによるリビア爆撃。
 4月26日
 ソ連
 ウクライナソビエト社会主義共和国の
 チェルノブイリ原子力発電所
 大規模な爆発事故発生
 (チェルノブイリ原子力発電所事故
 6月5日
 新潟県佐渡島のトキが2羽に
 11月3日
 レバノンの雑誌が
 レーガン政権の
 イランへの秘密の武器輸出を報じ
 イラン・コントラ事件が発覚
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 ???・・・儲かるなら「敵」にも「武器」を売るのが常套・・・
 商売に敵も味方も無いのはアタリマエ・・・
 好き嫌いでは「商売」は成り立たないが・・・