2625日目・・・「Philipp Franz Balthasar von Siebold=置維-波斯-徳利(チイ-ハシ-トクリ)」・・・「波斯=ペルシャ」・・・「徳利(とっくり)」・・・「徳利(とっくり、とくり)=首が細く下部が膨らんだ容器の一種・日本酒を注ぐために使われる瓶(壜)・イカ徳利・一合徳利と盃(グイ呑み)・ 陶製または金属製、ガラス製で、内容量によって180 mLから1.8 L程度まである・燗酒に用いる180 mLから360 mL 程度の容量のもの・液体を注いだときトクトクと音がする容器」

 「水中に入れるとブクブクと沈むところから泳げない者をあざけっていう語・かなづち」・・・
 「とっくりつばめ(徳利燕)=コシアカツバメの別名=とっくり形の巣を作る」・・・
 「雲曇(どんたん)」、「曇具理」、「宮理・具理・愚理」・・・
 「とっくりと・とくと=念をいれて物事をするさま・十分に・よくよく・熟考して」、「とっくり(と)考えて結論を出す」・・・
 同形のモノは「瓢箪徳利」・・・
 「瓜(うり)の容器」・・・「ヒョウタン(瓢箪・瓢簞・gourda)=ウリ科の植物・瓢(ヒョウ・瓠・匏)・瓢瓠(ヒョウコ)・胡盧(コロ・葫盧・壺盧)」、和語では「ひさご・ふくべ」・・・頬被りで徳利を抱えてコッソリ酒屋へ通った福沢諭吉・・・
 「観賞用のヒョウタン=ククルビタシンという苦味成分のある植物毒を含有・嘔吐と下痢を伴う重篤な胃および腸不全を引き起こし、稀に死亡することも・・・」・・・「お稲」は「西瓜」ではなく、観賞用のヒョウタン=瓜を食べた・・・
 植物・・・真ん中がくびれた実をつける
      ヒョウタンカズラ
      ヒョウタンボク
 魚・・・・コロダイ(胡盧鯛)
      イサキ科の海水魚
 瓢箪島・・日本各地に存在・ひょっこりひょうたん島
 瓢箪山古墳・・・日本各地に存在
   瓢箪=うり科・・・
   ↓↑
  「夕顔」=「かんぴょう(干瓢・乾瓢)」の原料・・・鑑評
      ウリ科の瓢箪
      夕顔の花は夕方に咲いた花が
      午前中にしぼむ
      姿は「冬瓜」
      名は「朝顔
      ヨルガオ(夜顔)の別名
      夕顔の毒性
      ごくまれに苦みの強いユウガオで
      食べると食中毒になる
      苦味成分「ククルビタシン類」が含有
      ユウガオはスイカ等を栽培する際に
      接ぎ木の台木として使用されることがあり
      この台木からとれるユウガオの実は
      ククルビタシン類・・・括る鐚振(審)?
         ・・・鐚=しころ・かぶとや頭巾のたれ
          錏(ア)=金+亞(惡)・・・死比呂(魯)
              異体字は「錏」
              ビタ・品質の悪い銭
         「鐚銭(びたセン)・鐚一文(イチモン)」・・・
      を多く含む


      ウリ科・・・瓜⇔瓢箪⇔字形⇔呂⇔亞⇔㠯⇔𠂤
      胡瓜・南瓜・メロン・ズッキーニ
      ククルビタシン類を含む・・・?
      『源氏物語』に登場する女性
      頭 (とう) の中将の愛人 (常夏の女) で
      玉鬘を産み
      のち夕顔の花咲く粗末な家に住んで
      光源氏の目にとまり愛されるが
      源氏とともに夜を過すうち
     「もののけ」にとりつかれて死ぬ
 ・・・ほとんどが「by wikipedia」 or「by search.yahoo」
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 シーボルト=置維波斯徳利(服部撫松「東京新繁盛記」)
     |  鳴瀧(なるたき)塾の主催開校者
     |----娘・楠本イネ(1827年
 楠本  滝(瀧・おたき・おたくさ)=其扇(芸妓名)
 ↓↑  ↓↑    其扇=そのぎ=彼杵
 ↓↑  ↓↑彼杵郡(そのぎぐん)=長崎県肥前国)にあった郡
       景行天皇が土蜘蛛(豪族)から得た玉を賞し
       この地を「具足玉国(そないたまのくに)」と命名
       この故事を記し、転訛して「彼杵」
       明治十一年(1878年)10月28日
       郡区町村編制法の長崎県での施行により
 ↓↑  ↓↑彼杵郡のうち、
       上長崎村ほか1町172村
       高来郡日見村・茂木村・川原村・樺島村
       の区域に西彼杵郡
       大村町ほか1町172村
       の区域に東彼杵郡
       がそれぞれ行政区域として発足し
 ↓↑  ↓↑同日、「彼杵郡」は消滅
 アジサイ(紫陽花)を新種記載
 Hydrangea otaksaと命名
 (後にシノニムと判明)・・・シノニム?
 アメリカの
 魚類分類学
 デイビッド・スター・ジョーダン
 が命名した
 アイナメの学名・・・アイナメ(鮎魚女、鮎並、愛魚女)
 ↓↑        魚類
           カサゴアイナメ科の1種
           日本沿岸の
           比較的塩分濃度の低い
           岩礁域に広く生息する底生魚
           カサゴ
           ↓↑
           カサゴ(鮋・笠子・瘡魚)
           メバル(鮴・眼張眼張魚)
               春告げ魚=はるつげうお
 ↓↑        カジカ(鰍・杜父魚・鮖・ごり・どんこ)
 Hexagrammos otakii(オタキ)
 も「お滝」の名に由来する・・・カモの説

 オタキ=於多紀・於多岐・於多伎・於多気・・・太他記(紀)?
 ・・・「物体の言語的分類法、系統法」・・・
    「人類、人種、国籍、人間の区別、系統分類法
     部族、親族、家族、家系の区別、系統分類法」
 ・・・一般、特殊、個別としての
    認識対象のコトバの定義
   「概念規定=コトバの意味内容、定義」・・・?
 ↓↑
 シノニム=生物の命名法における
      シノニム(synonym)
      同一と見なされる
      分類群(種や属など)に付けられた学名が
      複数ある場合に、そのそれぞれをいう
      ある学名がシノニムであると言う場合
      一般的な文脈では「正しい」学名ではない
      という意味を包含している
      命名規約の上では
     「正しい」学名もシノニムに含まれる
     「syn.」と略記される
      和訳は異名(旧訳では同物異名)
      先着順位・先行順位・早い者勝ち
      商標命名権・・・
      特許占有権
      産業財産権法における優先権・・・
      特許を受けた発明を権利者が
      一定期間
      独占的に実施することができる権利=財産権の一
      ・・・「先憂権(先憂後楽)」じゃぁない・・・?
      先につけられた名
     (古参異名・先行異名/古参シノニム・先行シノニム)
      が有効になり、
      後からつけられた名
     (新参異名・後行異名/新参シノニム・後行シノニム)
      は無効
      ・・・しのにむ=紫乃爾ム(偭・夢)・・・?
      偭=イ+一+丿+囬=イ+面=人+面
        「面」の異体字は「靣・𡇢・𨉥・𠚑・麵」
        むかう=鄉(むか)ふ・そむく・かなう
        ベン・メン
        彼杵(そのぎ)
        景行天皇が三つの玉を献上され
        命名した
       「具足玉国(そないたまのくに)」が転化?
        古代には
       「曽乃岐(木)=そのぎ」
       「明治十一年」
        東西に分離
       「具足(ぐそく)=甲冑や鎧・兜の別称=身体着用防具
                頭胴手足各部を守る装備
                具足(十分に備わっている)
                鎌倉時代以降から甲冑を具足と呼ぶ
                一般的には「当世具足」を指す
                当世=現代風・今風・ファッション
                大具足=攻撃用兵器=刀・鉈・槍
        具足=グソク=愚息・・・日本武尊小碓命
        南蛮胴具足(なんばんどう ぐそく)
        徳川家康所用・日光東照宮
        ウィリアム・アダムスが乗船漂着した
        リーフデ号に積載された
        海兵用のプレートアーマーを回収し
        当世具足形式としたもの
        家康だけでなく、主要な家臣にも分与
        ↓↑
        景行天皇の三男の
        日本武尊=倭建=小碓命大碓命と双子で
                  兄の大碓を厠で殺害・・・
          ・・・大洲(伊豫)・大須(名古屋)・・・
        倭男具那命(ヤマトオグナノミコト・古事記
        日本童男(ヤマトオグナ・日本書紀
ーーーーー
 シーボルト=置維波斯徳利(服部撫松「東京新繁盛記」)
 の名前を漢字表記で
 「置維波斯徳利」と
 記録した人物が
 ↓↑
 服部 誠一
 天保十二年二月十五日
 (1841年4月6日)
  〜
 明治四十一年
 (1908年8月15日)
 岩代国
 二本松藩福島県)の・・・二本松は会津の領地
 ↓↑           
 磐城(いわき)国
 安達(あだち)郡
 岳下(だけした)村
 (福島県二本松市)の
 儒者の家に生まれた
 文学者・ジャーナリスト
 号は
 撫松(ぶしょう)・・・松を撫ぜる・・・松平を慰撫する?
 陸奥国(現福島県)出身
 開化の世相を描くのに
 自由で猥雑な
 造語修辞
 口語体の
 「ルビ」・・・・・ルビ(ruby
 ↓↑      =漢字の振り仮名用の活字
          英国でルビーとよばれ
          5.5ポイントの
         「欧文活字の大きさ」
          和文
          5号活字の
          振り仮名として用いた
          7号活字と
          ほぼ等しかったところから
         「ルビを振る」と言う
          ↓↑
          ルビ(ruby)=瑪瑙・紅玉・硬度9
  ↓↑             7月の誕生石
ーールビ(ruby)ーー
  ↓↑
 以下
https://www.jagat.or.jp/past_archives/story/1887.html
 が原文・・・参考添付・・・
  ↓↑
 欧米で活字の大きさを表す名称に
 宝石やその他の名前を取り入れていた
 ポイントと旧呼称(かっこ内)
  ↓↑
 3 ポイント(excelsior)
      エクセルシオール
      史上3番目に大きな
      ダイヤモンド原石で995カラット
      史上最大は
      カリナン鉱山産出の3106カラット
      他意
      木毛(もくもう)=詰め物などの木の削り屑
 3.5ポイント(brilliant)
      ブリリアン
      ダイヤモンド加工の
     「Brilliant cut」模様
      58面体
     (下面の面取り(キューレット)をしない場合は57面体)
 4.5ポイント(diamond)
      ダイヤモンド
      金剛石
     「征服されざるもの・何よりも強い」の
      ギリシャ語のadamazein
            adamas(アダマス)の
            aが取れて
            diamond(ダイヤモンド)になった
 5 ポイント(pearl)
       パール
       真珠
 5.5ポイント(agate)
       アガット
       瑪瑙
       スモールパイカの2分の1・・・米国
       パイカ(pica)=印刷に使用される長さの単位
       1パイカ=1/6インチ=12 ポイント
       ruby=ルビー=紅玉
       他意
      「ふりかな」用の
       フォント「活字ルビ」の語源・・・英国
 6 ポイント(nonpareil)
       ノンパレイユ
       多色の砂糖粒・高質のアーモンド
       他意
       比類ないモノ
 6.5ポイント(minionette)米国
       ミニオネットゥ
       モクセイソウ(木犀草)
       灰緑色
      (emerald)英国
       エメラルド
       翠玉(スイギョク)
 7 ポイント(minion)
       ミニオン
       手下・子分・寵臣・寵児・召使い・陪臣
       お気に入り・愛玩
 8 ポイント(brevier)
       ブレービヤ
        Brevier=聖務 日課
 9 ポイント(bourgeois)
       ブルジョア
       中産階級の人・有産階級の人
       資本家・ブルジョア(⇔proletariat・都市労働者)
       ブルジョア(フランス語)
       中世ヨーロッパ
       貴族・聖職者
       と
       農民・労働者
       との中間の階級の
       商工業者・市民
       近代社会における有産者
       マルクス主義
       資本家や資本家階級に属する人
 10 ポイント(long primer)
       ロング・プライマー
       ヘンリー八世の命によって作られた
       宗教書の活字のサイズを指す
       他意
       生地に下地を作るための塗装、塗料
       Primer=銃用雷管
 11 ポイント(small pica)・・・
       スモールパイカ
       異食症(羅語 pica)
       栄養価の無いものを食べたくなる症候
       土・紙・粘土・毛・氷・木炭・チョーク
       などが挙げられ、小児と大人の妊婦に多い
       他意
       picaとはラテン語
       カササギを意味し・・・鵲・笠鷺
       カササギは何でも口に入れることから
 12 ポイント(pica)
       パイカ
       ピカ(Pica)=チリ北部、タラパカ州の町
       イキケの南東約80キロメートル
       アタカマ砂漠北部のオアシスに位置
       レモンなどの果樹栽培が盛ん
       温泉が湧出
 14 ポイント(english)
       イングルシュ
       インド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派
       イギリス・ イングランド地方を発祥とする言語
       ラテン文字、26文字を使用
       綴りと実際の発音の食い違いも大
       英吉利・英格蘭
 16 ポイント(columbian)
       コロンビアン
       コロンブス交換 (Columbian Exchange)
 18 ポイント(great primer)
       グレートプライマー
       入門書・手引き書
       他意
       生地に下地を作るための塗装
       プライマー(Primer)=銃用雷管
 20 ポイント(paragon)
       パラゴン
       模範・典型・逸品
       特大の丸い真珠
       100カラット以上の無傷のダイヤモンド.
       (古・詩)…を(…と)比較する(with)
       他意
       中フランス語←ギリシャ語parágōn
   (pará-並んで)+(akóneと石)=比較のための石
                   →試金石→標準
 48 ポイント(canon
       カノン
       規範・原則・標準・規準
       根本原理=canons of beauty
       美の規準=the canons of good behavior
       正典・正準の
       英語 canon・仏語 canon・独語 Kanon
       古代ギリシャ語の規則
ーールビ(ruby)振りの文字サイズーー
 ↓↑ ↓↑
 ポイント・システム
 活字や込め物などの大きさを
 ポイントの単位で表すシステム
 18世紀初頭まで
 欧文活字には大きさを表す一定の単位がなく
 上記のように
 大小の活字に名称をつけて区別していた
 倍数関係が判りにくく不便
 活字の大きさの単位
 1737年
 フランスの
 フールニエが提唱
 1ポイントを0.348mmとした
 1770年
 ディドーが、これを改めて
 1ポイントを0.3759mmとした
 これはヨーロッパ諸国で採用
 日本および米・英などでは
 アメリカ式ポイント・システムで
 全米で
 1886年
 パイカ活字の12分の1
 0.3514mmを1ポイントにすることを決め
 イギリスでも
 1905年にこのシステムを採用
 日本の最初の和文活字
 1869年
 本木昌造・・・本木=もとき=元木・元喜・幹・基紀・元記
 ↓↑     昌造=日+曰+告(𠂉丄口)+辶
           昌(あきら)かに造(つく)る
        昌=さかん・あきらか・ショウ(シャウ)
          盛ん・栄える
          昌運・昌盛・繁昌・隆昌
          明らか・美しい
          昌言
          あき・あきら・あつ・さかえ・すけ
 ↓↑       まさ・まさし・まさる・ます・よ・よし
 が
 ガンブル・ウイリアムの考案した
 「号数制」が基本
 ガンブルは
 スモール-パイカ
 (11ポイント)を・・・11
           (十一・壱拾壱)
            ポイント=補音訳(賭=貝+者)
 5号活字としたが
 本木昌造はこの
 11ポイントに相当する日本の尺度にあたる
 「鯨尺の1分」・・・鯨尺=66分の25メートル
          (約37.879センチメートル)=一尺
   鯨尺(くじらじゃく)1尺=曲尺 (かねじゃく) の
               1尺2寸5分に相当し、37.88cm
           普通の曲尺かねじやくの1.25倍
          曲尺の一尺=約30.3cm
          鯨尺の一尺=約38cm
 をあてた
ーー↓↑ーー
  服部 誠一は
 「変体漢文」・・・漢文様式で表記した日本語の文体。和化漢文
 ↓↑       返り読みなど漢文的性格をもつが
          正規の漢文には用いられない
          語彙・語法・語序・用字法の
 ↓↑       日本化した漢文
 を駆使
 『東京新繁昌記(1874年・明治七年四月)』を出版し
 その記録の中で
 「シーボルト=置維波斯徳利」とした・・・
 文体も『江戸繁盛記』流の変体漢文
 当時福沢諭吉『西洋事情』『世界国尽』
 に並ぶ
 1万数千部のベストセラーとなった
 ↓↑
 1882年
 立憲改進党に加入
 山田喜之助、市島謙吉高田早苗、天野為之、砂川俊雄
 らと政治新聞
 『内外政党事情(四通社)』を発行
 民権拡張を論じる
 『広益問答新聞』『中外広間新報』
 などを発行し
 政府批判から、たびたび発禁処分・・・
 他に
 「二十三年 国会未来記」
 「第二世夢想兵衛胡蝶(こちょう)物語」
 明治七年(1874年)
 宮古島島民遭難事件
 台湾出兵
 ↓↑
 明治六年(1873年)政変=征韓論政変・・・西郷吉之助下野
ーー↓↑ーー
 1830年
 シーボルト、オランダに帰着
 日本で収集した
 文学的・民族学的コレクション5000点以上
 哺乳動物標本200
   鳥類900
   魚類750
   爬虫類170
 無脊椎動物標本5000以上
 植物2000種
 植物標本12000点
 を持ち帰る
 1831年
 オランダ政府
 ウィレム1世から
 ライオン文官功労勲爵士
 ハッセルト十字章(金属十字章)
 を下賜され、コレクション購入の前金が支払われた
 蘭領東印度陸軍参謀部付
 日本関係の事務を嘱託された
 1832年
 ライデンで家を借り、コレクションを展示した
 「日本博物館」を開設
 ルートヴィヒ1世からも
 バエルン文官功労勲章騎士十字章を賜る
 オランダ政府の後援で日本研究をまとめ
 全7巻の『日本』
 (日本、日本とその隣国及び保護国蝦夷南千島樺太
  朝鮮琉球諸島記述記録集)を随時刊行
 間宮海峡を「マミヤ・ノ・セト」と表記
 日本の開国を促すために運動し
 1844年
 オランダ国王ウィレム2世の親書を起草
 1853年
 アメリカの東インド艦隊を率いた
 マシュー・ペリー来日
 その目的は事前に察知し
 準備の段階で
 遠征艦隊への参加を申し出たが
 シーボルト事件で追放されていたことを理由に拒否された
 早急な対処(軍事)を行わないように要請する書簡を送った
 1857年
 ロシア皇帝ニコライ1世に招かれ
 書簡を起草
 クリミア戦争により
 日露交渉は中断
 48歳の
 1845年
 ドイツ貴族出身の女性
 ヘレーネ・フォン・ガーゲルン
 と結婚、3男2女をもうけた
ーー↓↑ーー
 ハインリヒ・フォン・シーボルト
 (Heinrich von Siebold
 1852年7月21日〜1908年8月11日)
 オーストリアの外交官・考古学者・・・考古学者
 日本橋の商家の娘
 岩本はなと・・・・・・・・・・・・・岩の本のハのナ
 結婚
 2男1女を儲ける
 長男夭折
 ↓↑
 次男
 於菟(オットー)・・・菟に於いて・・・兔に追手の亀、鮫?
 は日本画家を目指し
 岡倉覚三(天心)らの開いた
 上野の東京美術学校に一期生として合格
 25歳の若さで没
 ↓↑
 娘は「蓮(はす・レン)」・・・蓮=艹+連=ハス(荷)の花
    荷=艹+何
      に・にもつ・集荷・出荷
      になう・物をかつぐ・身に引き受ける
      荷担・負荷
      はす(蓮)・はちす
      睡蓮(スイレン)科の多年草
ーーーーー
 其扇(お瀧)は・・・1807年〜
 ↓↑        1869年(明治二年四月十二日死去・63歳)
           其扇(そのおおぎ)=本名を「たき」
           ご先祖
           長崎から西南方向に長く突き出た
           半島の先端に位置した
          「野母(のも)」出身
           代々銅座跡に住居を構えた
           父が31歳、母が25歳の年
          「たき」は
           4番目の娘として生まれた
           父の佐兵衛は
           銅座跡でこんにゃく商
           借財をし、商売も思わしくなく、
           家も人手に渡る
           万策尽きた佐兵衛は
           長女
          「つね」を遊女奉公に出し
          「たき」を遊女屋の引田屋に奉公
          「たき」は15歳の歳で
          「其扇」の源氏名で働いた
 ↓↑      by(吉村昭著『ふぉん・しいほるとの娘』上)
 寄合町(ヨリアイチョウ
 引田屋(ひけたや)  
 卯太郎・・・・・・卯=うさぎ=兎・兔・菟・・・う詐欺
 抱えの
 遊女
 17歳
 シーボルト
 28歳
 の出会い
 娘
 楠 稲(いね・伊禰)誕生・・・伊禰⇔「伊篤」?
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 シーボルト
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 Philipp Franz Balthasar von Siebold
 1796年2月17日  〜1866年10月18日
 丙辰(乙・癸・戊)⇔丙寅(己・丙・甲)
 庚寅(己・丙・甲)⇔戊戌(辛・丁・戊)
  害
 丁巳(戊・庚・丙)⇔丙寅(己・丙・甲)
  子丑=空亡
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「寅(とら)十一月十一日(1830年12月25日)」
 庚寅(己・丙・甲)
 戊子(壬・ ・癸)
 乙丑(癸・辛・己)
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 1829年12月
 長崎オランダ商館の
 外科医シーボルト
 国禁を犯した咎により
 国外迫放
 妻、「滝(其扇)」は22歳・・・薬剤師 ビュルゲルーの愛妾
                千歳(引田屋-卯太郎抱え
                   其扇=お瀧の姉=つね?)
 娘、「いね」は2歳7ヶ月
 は
 翌年夏
 オランダからの
 母娘宛の
 シーボルトの手紙は
 片仮名毛筆であった
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 文政七年(1824)十一月二十四日付
 東インド総督
 ファン・デル・カペレンに宛て
 シーボルトの手紙報告
 「昨年すでに私自身の勘案で
  出島に植物園を作り
  珍しい、注目すべき植物を栽培
  収集のため、私の
  長崎の外二〜三マイルの所への
  散歩は非常に役立っている
  五月に私は弟子二人を
  肥後と筑前に派遣し、
  彼等から珍しい博物を得た
  日本各地の数百種の乾燥した植物を得
  長崎の植物を大部分集め、乾燥し
  珍しいものの一部は植物園で栽培し
  他のものは、写生させた
  来年私の植物学の研究を
  バタビアに提出できると思う」・・・
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 シーボルトの出島の植物園
 オランダが植民地経営のため
 世界に張り巡らせた植物園組織の一角で
 ジャワからオランダへの便船を待つ間の
 植物の育成と移植のためのもの
 採集した植物は
 長崎出島→バイテンゾルフ(ジャワ)
 →ケープタウン南アフリカ)→ライデン(オランダ)
 とつながる植物園の組織によって移送
 出島の植物園には
 シーボルトが帰国する
 文政十三年(1830)までに
 日本と日本に定着した
 中国の有用植物と鑑賞用植物
 1400種類以上の苗木が植えられた
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 ケンペル
 ツュンベリー
 が手掛けた出島の植物園を復興、再建
 シーボルトは、彼らの功績をたたえた記念碑を建立
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 1835年初版『日本植物誌』で
 シーボルト
 「冬のバラ」
 と紹介したのは
 ツバキ「Camellia japonica」=椿
 発表後
 ツバキは花木の貴族とたたえられ、
 ヨーロッパで
 ツバキブーム
 パリで
 紅白のツバキの
 コサージュや花束が
 夜会のアクセサリーとして人気を集め
 オペラ
 『椿姫』が誕生・・・つばき=海石榴・山茶
 シャネルの
 カメリア・シリーズ
 ココ・シャネルは
 ツバキの花から生まれた
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 1831年10月
 「お滝」は近況を記した返事に
 「おいねに更紗二〜三反
  また他に医書
  又の便りに送り下され候」
 と伝え、翌年
 1832年11月
 贈物の礼状に
 「おいねは
  お送り下され候
  語学書で毎日勉学いたしており
  明年は
  正しき言語にて
  お返事差し上げ得ることと存じ候」
 と記録
 「いね」は
 父から贈られた
 オランダの図書
      皿や時計
      人形
 などに囲まれた環境で育った
 「滝」の再婚先は船問屋
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 「いね」は13歳で医学を学ぶため家を出る決意
 二宮敬作の紹介で
 シーボルトの有能な弟子
 岡山の
 石井宗謙に学ぶが
 彼に強姦され、妊娠
 ひとりで娘を出産
 唯(山脇泰輔夫人、高子)・・・唯(ゆい・ただ)=高の子?
 と名付けた
 185l年
 「いね」と娘「唯」は
 「滝」のもとに帰り
 産院を開業
 外科を
 阿部魯庵・・・阿部の魯の庵
 に師事
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 1854年11月
 二宮敬作は
 「いね」と再会
 石井宗謙との事情を知って
 再び「いね」を
 宇和島に伴い
 寄寓していた
 村田蔵六
 に語学を学ぱせた
 その間
 「滝」は孫娘の
 「唯」を預かり養育し
 「いね」は
 二宮敬作
 の指導を受け
 患者の代診もした
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 1859年8月
 シーボルトの再来日
 1862年の離日までの3年間
 父娘は師弟関係になり
 「いね」は父に頼み
 1859年から
 オランダ商館
 外科医ポンペらに師事
 10年間最新の西洋医学を修めた
 1870年
 東京築地で開業
 1873年7月
 宮内省御用掛
 権典侍
 葉室光子の
 若宮誕生の侍医
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 楠本 イネ
 文政十年五月六日(1827年5月31日)
 〜
 明治三十六年(1903年8月26日)
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